4月にKくんから出されていた議案について、新田サドベリー会議を5回以上重ね て 結論が出たのが 6月も下旬でした。 (6/7投稿の記事にもようちゃんが取り上げています)
新田サドベリー会議以外にも場を設けて、その時、その時間、話したいと思う有志メンバーでなされてきた話し合い。
(ちなみに、そこへ参加した生徒から、何度となく された質問が今回のタイトルになっています)
おもしろいなと感じたのは、話し合いを進めていくなかで、このテーマ『準メンバーにも提案権・発言権をありにしたい』には、思いのほか様々なことが含まれていたり関連していることがみえてきたことです。
議決権があるのとないのでどう違うのか?
わたしたち(生メンバーの生徒自身)がどう在りたいのか?
スクールとして制度をどう考えるのか?
というような話題にも繋がってきたからです。
また、話し合いがそんな変遷を辿っているなかで、何度目かの話し合いにはじめて参加した生徒(Srちゃん)から、
「提案した人の意見をつぶそうとしているんじゃないか」
「こんなに時間をかけられて決まらないなんてKくんがかわいそう」
との声がありました。
しかし、それに対して当初から参加しているCちゃんからは、
「これまで出た意見や話し合いの経過を知らない状態で、提案とは違う意見を言う人に対して おかしいおかしいだけ言うってなに? 一方からの誰かの受け売りじゃなくて、(はじめから今までの内容を)ちゃんと知ってから、それでSrちゃんの意見を言ってほしい」
との思いが提示されたり。
ああこれもまたおもしろい(豊かな意見の交わりだ)な。と、わたしは感じました。
この議案について時間がずいぶんとかかっていくなかで、[ 議論(ディベート)と話し合い(ディスカッション) ]というようなテーマで、スタッフ同士に会話があった後でしたから、余計にそう感じました。
「自分のこうしたい」「こうした方がスクールがより良くなるんじゃないか」という意見を通していくのは、エネルギーと時間を要することが このようにままあります。
どれが良案かを決めたり、どっちの意見が良いか否かと審判を下すのではなく、わたしたちにとってどうするのがより良いか?スクールがより良くなる方法はなにか?を考えよう、互いに違う意見や理由をしっかりと聴き合おう、そうしたメンバーの想いがあって、Kくんの議案は時間がかかったように思います。
様々な考え方が目の前に出され、それをまた受け取って、自分の考え方や意見が変化していく様をひとつの議案でじっくり体験していくことは、ここでしか味わえない時間を重ねているなという風に感じました。
そして何より、この新田サドベリースクールは、それを味わいきることができる場である、とも言えます。
だれかから一方的に、「いついつまでに答えを出すように」と指示されることはありませんから、ね。
現在、Hちゃんから『ゲームをなしにしたい』という議案が出ています。
こちらも、今日の今日 1時間の新サ会を1度、では結論にいたりませんでした。
⚫︎ゲームなしにしたい
⚫︎ゲームなしはいやだ
一人一人の意見や双方の想いをしっかりと交わす時間を丁寧に重ねながら、また彼ら彼女らの手によるスクール創りが続いていくのを見守りたいと思います。
Kくんから出された議案。
彼の思うところとしては、「新田サドベリー会議へのメンバーの出席率を上げたい」というのが、なかでも大きな理由だったそう。
【準メンバー・仮入学・休学各制度利用者にも、新サ会における提案権・発言権あり】と可決されたことでスクールに起こる変化。
変化していくことは、逆に変わらない軸(変えることのできない大切なこと)をしっかりと目立たせ、分からせてくれるだろうと わたしは思っています。
彼ら彼女らが、なにかを「自分ごと」ととして捉えた瞬間から動き出す、これからの色々、ほんとうに楽しみです。
文・松本雅子