最近僕の中で心に残る言葉は「プロセスが大事」という言葉だ。
4月から毎日クラスがスタートし、今と4月を比べてみたらだいぶ新田サドベリーの様子も変わってきている。
客観的に見たらホントに賑やかになり、ダイナミックになり、豊かになった。
そしてそこには色々な失敗や成功の上に成り立っている「成果物」がある。
4月、智頭町に急に出来た新たな学びの環境。
「サドベリースクールですよ。個々で自由に時間を積み重ねていく学校ですよ。やりたいこと(教科学習も含む)があったら相談して出来るようにもなりますよ。」などなど
初めての「場」だからそこに最初から飛び込んでくれた子どもや保護者も(スタッフも)分からないことはたくさんあったし、戸惑いも大なり小なりあったんだと思う。(今でもそうかな。)
そこで、色々自分たちでやりながら、試しながら、時に「失敗したなぁ」と思えるようなこともみんなで経験しながら「場」を作ってきた。
確かにアメリカのサドベリーバレースクールというものがあって、それをモデルにはしつつも、100%それを模倣してここ智頭町に「移植」した訳ではない。
「アメリカではこうやっていますよ。だから新田サドベリーでもこうしましょうね。」というやり方だったら、何故そうなのか腑に落ちないまま消化不良に陥ることもあるのではないか。
時間はかかるかもしれないが、色々自分たちでやりながら、その「プロセス」を大事にしながら今まで作ってきたから個々の腑に落ちていく。
子どものケンカも似ているのかな。大人がすぐに介入して「あなたのここが良くなかったのかもね。あなたもここが悪かったね。仲直りしなさい。」と早急に裁断されても子どもの想いをぶつけ合うプロセスが欠如するとケンカの収まりも悪かったりする。
30数年の自分の人生を振り返ってみても、誰かに与えられたものをこなす日々よりも、遠回りかもしれないが自分の目で見て、耳で聞いて、身体で経験して、それで選択してきたものにはとても納得して向き合えている。
何が言いたいか分かりにくいかもしれないが、要は「これからもたくさん色々子どもたちと試して挑戦していきます。」ということと、それに伴い短期的に見たら「あ、まずかったかな。」「なんかまわりくどいな。」と思えることも全部が全部新田サドベリーの血となり肉となって「場」が成長していくものだと思いますので、これからも温かく見守ってもらえたらということです。
その成長の礎となる「話し合いの場」の質が4月から比べてホントに良くなってきているのことをとてもとても嬉しく思っています。
新田サドベリーはまだ生まれたての子どもです。
これからも色々経験して「現場力」を鍛えていきます。
どうぞ応援くださいませ。
再度お知らせですが、4月から一緒に毎日働いてくれるスタッフも1名募集中です。
興味ある方は12月19日までにお問い合わせいただければと思います。
http://shindensudbury.org/info/1947