どうしたら「子どもと対等」になれますか?

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サドベリースクール、デモクラティックスクールにおいては、「子どもと大人は対等な立場として存在します」ということがよく言われます。

この「対等である。」という関係性を常に意識し、すべてのメンバーが「我々は対等である。」と感じることができる環境を維持し続けることが、デモクラティックスクールスタッフの重要な仕事だと思っています。では、「子どもと対等である。」とは、どういうことなのでしょう。

「子どもだって、大人に遠慮せずに言いたいことを言えばいいってことなんだ。」「子どもが大人と対等なんだったら、大人と同じように仕事をこなすべきなのでは?」など、人によって「対等」に対する定義やイメージは様々かもしれません。

特に大人にとって、長年染みついた価値観から離れて例えば7歳のお方と「対等さ」を保つ努力を続けるのは容易ではありません。新田サドベリースクールの日常でも、子どもの側からも大人の側からも、話し合いの途中で「対等なんだからさぁ!」と鼻息荒く反論が出ることがあります。しかし、単純に言葉の面だけで「対等」という概念を理解したと考えてしまうのは危険だと感じています。

子どもに「ああ、この人は自分を対等に扱ってくれている。」と感じてもらうためには、大人は子どもを馬鹿にしたりせずに丁重に接する必要があるでしょう。同様に、大人から「ああ、この子 / 若者の話は、対等に聞いてやってもいいな。」と思ってもらうためには、子どもは日頃からその相手に失礼のないように接し、信頼を勝ち得るような行動を取っておく必要があるでしょう。

そのようにお互いに細やかな配慮と努力を重ねあったその結果、対等な立場に立って様々な活動に一緒に取り組むことができるのではないかと、最近は思っています。言葉を換えれば、「対等」とはそこにもともとある状態ではなく、相手との関係性において、お互いに努力しながら築いてゆく状態のことを指すのではないかと感じています。

上司と部下、兄と妹、夫と妻… などなど、様々な人間関係はあるものの、サドベリースクールの生徒たちが日常学んでいる「対等な人間関係の築き方」は、どの人間関係にも応用できるものだと思います。

こんな人間関係のスキルを身に着けた子どもたちは、社会に出てどんな立場に置かれることになったとしても、きっとしっかり相手と向き合い相手の立場を尊重しながらも、自分を主張して誰とでも対等な人間関係を築こうと努力をするだろうと感じます。

サドベリースクールとは、ただ自由に好きなことをするだけの場所ではないことを、生徒たちは日々の活動を通して学んでいます。